一番伝えたい言葉は言えないままで

 三年間故障しない。まだ何も考えていなかった時に交わした約束は、まだ有効なのだろうか。
 阿部が怪我をしてから少しずつ心が通い合って、対等と思えるぐらいの関係になってきた今、三橋の中で阿部の存在はとても大切でかけがえのないものになっていた。会えない日が、この上なく辛いと思えるほどに。
(頭、痛い。また熱 上がった、かな)
 汗ばむ額を掌で押さえ、熱に浮かされながらチラリと時計を見る。
 ――午後六時。
 練習が終わるまであと三時間。三橋の誕生日が終わるまで、あと六時間。
 誕生日当日に発熱で休んでいる残念な子に、せめてもとお祝いのメッセージを皆送ってくれた。田島なんかは昨夜日付が変わった直後にメールを送ってくれ、寝入り端の三橋を驚かせた。
(みんな、やさしい。オレ、大事にされて るんだ)
 想いのこもったメールが詰まった携帯を眺め、三橋はふふ、と笑みを零す。けれどすぐに、顔色を曇らせた。
(だって、一番欲しい人からの メールは、入ってない……から)
じわり、と三橋の目尻に涙が浮かぶ。そう、待てども待てども阿部からの音沙汰はなかった。忙しいのだろう、とか、夜になったら、とか、どうにか理由を付けて自分を慰めていたけれど、それももう限界だった。
 故障しないなんて言っておきながら、熱を出した三橋を怒っているのかもしれない。そう思うと、三橋の頬を涙が伝った。
 涙で濡れ、視界がぼんやりと役目を成さない。瞬きを繰り返しているうちに段々と意識が遠のき、三橋はゆっくりと眠りに落ちていった。

 しん、と静まり返った部屋の中、時計の音がカチカチとやけに響く。その音に意識を引き戻された三橋は、まだ心ここに在らずといった感じで数回瞬きを繰り返した。
 泣きながら眠りに落ちたせいか、瞼がやけに重い。それに乾ききった涙も手伝って目元のコンディションは最悪だった。
(目、開けてるの 辛い。し、だるい)
 上手く開かない瞼をいいことに、もう一度意識を枕に預けようとする三橋だったが、より一層時計の音が大きく耳に付いたのが気になってほんの少し上半身を浮かせた。一瞬、時計が壊れているのかとも思った。普段はこんな耳に付くような音をさせる物ではないのだから。
 三橋はそのままの体勢で、目を凝らせて時計の針を見つめる。規則正しく時を刻む針は勿論壊れてなどいなかった。それにさっきのような音はもうしていない。空耳だったのだろうか、そう思おうとした三橋の耳に、今度こそハッキリとした音が聞こえた。
 乾いたような鈍いようなそんな音。すぐに音の出所を探る。窓からだった。
(なん、で、窓……?)
 三橋がおっかなびっくり窓を凝視していると、そこにまたカツン、と小さな石のようなものが窓を掠めていった。先程から時計だと思っていた音はこれだったのだ。誰かいる、そう思った三橋は、すぐにベッドから起き上がると恐る恐る窓に顔を寄せ、外の様子を伺った。
 ざっと庭を見渡すが暗くてよく見えない。けれど、じっと目を凝らしているうちに三橋の目は闇に慣れ、微弱な庭の電灯と近くの街灯の明かりもあって、そこにいる人物を特定することができた。
 そして、その人物に向け思わず叫ぶ。
「あ、べく ん……!!」
 名前を呼ばれた阿部は、持っていた石ころをそこら辺に転がすと、しー、と人差し指を立て口元に当てた。阿部の黙れという合図に、三橋は慌てて両手で口元を覆う。静かになった三橋に満足した阿部は、ポケットから携帯を取り出すと、それを指差して三橋に見せた。どうやら携帯を見ろという指示らしい。
「待ってて……っ」
 小声で阿部に伝えると、三橋はすぐに部屋へと引っ込んだ。携帯、携帯、と慌ててベッドに埋まっていた携帯を救い出す。そしてまた窓から顔を出した。
 持ってきたよ、と三橋が阿部に向けて携帯を振ると、阿部は頷き、徐に携帯を開いたかと思うと何かを打ち始めた。ほんの数秒後、阿部の手が止まるとすぐに三橋の携帯が鳴り出した。吃驚した三橋が、携帯と阿部を交互に見比べる。阿部は三橋の携帯を指差して、「見 ろ」と口パクした。
 三橋は言われた通りに携帯を開き、受信ボックスを開く。さらに阿部隆也と表示されたメールを開くと、そこには『誕生日おめでとう。』と書かれていた。
 それを見た三橋の中では、ドッと様々な感情が入り乱れていたけれど、すぐに震える指先で『ありがとう。』と打って送信した。数秒後、またすぐに携帯が鳴る。
『熱は?』
『もう、大丈夫。明日は行けるよ』
『そうか。早く寝ろよ。』
『うん。阿部くんも。』
『ああ。もう帰るよ。』
『阿部くん、ありがとう。ほんとうに、ありがとう。』
 止まっていた涙がまた三橋の頬を濡らす。ぐしぐしと手の甲で涙を拭う三橋を見て、阿部は少し思い悩んだのちに携帯を打ち出した。今度は鳴るまでに数分かかった。
『……本当は、一番に言いたかった。けど、田島が日付変わると同時にメールするって豪語してたからやめた。なら直接会って一番に言おうと思ってたけどお前こねーし。だから、一番最後にした。会うのも、メールすんのも。』
 音沙汰なかった理由がこんなに嬉しいものだったなんて。三橋の目からは乾く間もなく涙が溢れ出し、もうメールを打つことができなかった。
 恥ずかしいメールを送った挙句、ただ泣くじゃくる三橋からは、嬉しいのかそうではないのかも分からず仕舞い。居た堪れなくなった阿部は、今日のところはもう帰ろうと頭を掻いた。
「三橋、また明日な」
 阿部の声に、三橋は辛うじて手を振り返すことだけできた。去っていく背中も、涙と暗がりのせいですぐに見えなくなった。三橋はぎゅう、と携帯を握り締めてから窓を閉めた。そのままふらつく足元でベッドに倒れ込む。
(どうしよ う。嬉しすぎて、また、熱が出そう だよ)
 阿部の想いも詰まった携帯を握り締めたまま、三橋は力なく枕に顔を埋めると、笑みを零したまますぐに夢の世界へと落ちていった。

END






(100515out)

三橋の誕生日に合わせて書きました。
書き始めは付き合ってない状態を思って書いてたんですが、書き上がってみれば何だか付き合ってるっぽい?
どちらでもいいのでお好きなほうにおまかせします(丸投げ!)

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